X

ハンドメイドは事業として成り立つか?

ニットデザイナーを完全に引退しました。

最後の出版の仕事も無事に終わり「これならできる!みんなの教科書 棒針編み きほんの基本」という監修本が2017年9月に店頭に並びました。

何年もかかったプロジェクトだったので、本当にほっとしました。

このプロジェクトにかかわってくださったニッターさん、高橋書店のみなさま、編集プロダクションのみなさま、写真を撮ってくださったみなさま、編み図のトレースをしてくださったみなさま、かかわってくださったみなさま、本当にありがとうございました。

[amazon_link asins=’4471400819′ template=’ProductCarousel’ store=’tremaga01-22′ marketplace=’JP’ link_id=’d8010b40-c489-11e7-aef4-f775c31dd1fe’]

好きなことをして収入を得るという目標なら夢はかなった

好きなことを仕事にして多少なりとも収入を得る、ということを目標にしたのなら夢はかないました。出版も数冊しました。作品も手芸本にたくさんのせてもらいました。講師として認定講師を100人以上も育成しました。新聞に出る、テレビに出る、ということを目標としていたのならその夢もかないました。

今、ハンドメイドの仕事を始めたばかりの人にしてみたら、うらやましい夢をかなえた人ということになるのでしょう。

でも、私の目標はそこではありませんでした。

ハンドメイドでも事業として成り立たせ利益を出したい

私の目標は、手芸でもちゃんと事業としてやっていけて、利益を出す! という事でした。

雇用を創出してスタッフにも幸せになってほしいと思っていました。デザイナーとしてデザインするというよりは、起業家として成功したかったというほうに近かったのです。

目標は達せられたか?

10年がんばりましたが、利益を出すことはできませんでした。

あれは2006年、まるで熱病にかかったように手芸店をはじめました。何も考えず、好きでやっていた編物を仕事に選びました。そこでも編物教室をはじめ、ニットデザインをし、次の年にはネットショップもはじめました。いろいろなプロジェクトにかかわってなんとかこなして来ました。

とにかくやってみた。訳も分からないけど、とにかく動いてみた。気合と根性でぶつかってみました。でも完敗。

無謀です。あまりに無謀!! ただ好きだけで仕事をはじめてはいけない。マーケットサイズ(こちらの記事で説明しました)とか、世の中の動きとか、冷静に考えなくてはいけません。今から思うと、甘いことばかりをしていた。すべてが甘かった。

中途半端にデザインができたり、中途半端に人脈があったりしたのがさらにいけなかった。がんばればなんとかなるという体力があったのもいけなかった。

若い女の子が「愛さえあればお金なんていらない!」 とバカなことを言っているのと同じ。

お金がなくちゃ生きていけないんだよ。
稼げなくちゃ事業は続けられないんだよ、バーカ!
とあの時の自分に言ってやりたい。

もっとお金のことをシビアに考えないと仕事にはなりません。気合と根性で成功するなら、日本人のほとんど全員が成功してるはず(笑)

利益を出したいのなら数字に強くなれ!

ちゃんとした事業にするためには、マーケットサイズがあって、事業計画があって、継続する資金力があり、人材がいなくてはなりません。それを冷静に客観的に分析する力があって、修正して、さらに資金を投入して事業を大きくしていくというサイクルでなければ伸びていけないのです。

商売は数字です。分析です。もっと考えを整理して、ちゃんと利益が出るところに力を入れて、利益が出ないことは切り捨てなくては事業として回っていかないのです。

これを冷静にやると、最も利益がでないことが編み物(笑) それがわかっていたのに、認めたくなくて見なかったことにしていました。

でも、いつまでもそれではやっていけないことは明白。苦しみをかかえながら仕事をしなくてはならず、つらくなっていきました。秋田へ引っ越すことになり、現実を受け入れることにしたのです。

今でも数字と分析は苦手です (涙)

成功したかったら乗り物を変えろ!

船底に穴が開いた船に乗っていてはいけません。それがわかったら、すぐに乗り物をかえなければなりません。命を落とします。

ハンドメイドの作家とか、講師とかに、家族を持っている男性が少ないのは、家族を養っていけるだけの収入を得ることが難しいからです。彼らは、やっていけないとわかった段階で船を乗り換えます。

私も船を乗り換えました。今は、本当にスッキリしました。

この業界で今の状況でも生きていけるのは、旦那さまがいる奥様か、副業としてやっている方だけ。専業で生きていくことはまったくできないとは言わないけど、非常に厳しいです。私のまわりでは、この仕事で生活している人は一桁でした。

多分、ハンドメイドをやっている人の多くは、事業として成り立たせようとか、利益を出そうとか、お金持ちになろうとか考えない人が多いのでしょう。だから、業界の状況が変化しにくいのだと思います。

立場が変わると見える景色がちがう

今もハンドメイド業界で活躍しているみなさんを見ると、今までとまったく違う景色に見えます。まだ限りない消耗戦を戦っているのね、がんばってね! という冷静で残酷な気持ち・・・・・

以前は、他の人がデザインしたものや、編んだ作品をチェックしていたけど、今はもう目に飛び込んでこない。飛び込んできたとしても、以前のようなあせりとか嫉妬とかという感情は沸いてきません。

今まで執着していたことから解放されると、自分の興味がどんどん変わっていきました。まさに地に足をつけた感じです。

ふわふわしたかっこよさを追求するのはもうやめた。実際の生活にダイレクトに役に立つことに力を入れてます。

そうなると、見るニュースもブログも変わる。SNSでも見る画像も読むものも変わる。実際のお店でも見る売り場が変わる。読む本も変わりました。着る服も変わりました。

今の私に必要のないものは棄てたくなりました。

今の目標

講師業も、コンサルタントも、タレント業のひとつです。もう、年齢的にも私が前面に出てタレント業的な業務をすることはないでしょう。あくまでも、自分の体力気力にあった仕事を淡々とこなしていきます。

地道にネットショップを運営していきます。ここでは今までの私の経験を最大限に生かして、利益を出していきます。オリジナル商品を増やしていく予定です。

そして、森川農園の手伝いとPRを頑張ります。いまの目標は、森川農園を日本一のアスパラガス農家にすること。おいしいアスパラガスを、たくさんのみなさまに食べていただくことです。

母と息子に必要とされている。人は他の人に必要とされていることがしあわせなんだと思います。

そして、ブログでは言いたいことが遠慮なく言える!!

いまは、そんな暮らしが気にいっています。

ITSUKO: 高齢の母のため秋田県大仙市の実家に移住。元ニットデザイナー。NHKのすてきにハンドメイドに出たり、手芸本に作品を提供していました。実家の森川農園の手伝いもしています。森川農園ではアスパラガス・ダリア・野菜・米をなどを栽培しています。2018年乳がん発症闘病中。両足人工股関節。 カザフスタンの歌手 ディマシュ クダイベルゲン dimash のファンです。 農家めし雪国の自然農のブログも書いています。 コロナウイルスをきっかけに世界情勢に目覚めました。日本大好き。美しい日本を守りたい。参政党を応援しています。 くわしいプロフィールはこちらです。 トップはこちら