X

祝 左乳房全摘1か月 でも愚痴です

左の乳がんの全摘のオペから今日で1か月です。

もっと昔の出来事のような気がする

なんだかもっとずっと前のような気がします。

本当に充実した???1か月でした。

乳がんの宣告をされたのが1月31日で、まだ3か月たっていないのに、何年もたったような気がします。

unclelkt / Pixabay

それまでの人生とあきらかに人生観が変わりました。

まずは、がん患者の気持ちがわかるようになりました。いくら推測しても、やはりがんでなければわからない気持ちってあります。

自分が乳がんにならなければ永久にわかることはなかったことでしょう。

そして、がんについていかに自分が無知だったかということがわかりました。父を4年前に肺がんで亡くしているにも関わらず、がんという病気に対する理解がまったくできていませんでした。

父は肺がんがわかった時には、もう手のほどこしようがなくて、あと1~2か月もつかもたないかという状態でした。結局10カ月ちかく生きてくれたのですが、積極的な治療はせず、緩和ケアをしただけで安らかに旅立ちました。

なので、今回、自分が治療する=生きる という選択をしたとき、治療にたいする知識がほとんどなかったのです。

がんは知れば知るほど、やっかいな病気です(涙)

今はお陰様で元気です

全摘のオペは、ありがたいことに想像の10分の1以下か、もっと低い割合で痛くありませんでした。股関節の自骨のオペに比べたら、たぶん100分の1以下!

リンパ節生検だけでリンパはとらなかったので、オペ後も腕の浮腫もなく、今ではほとんど不自由なく左腕も動きます。これも本当にありがたいことです。

体調もすぐに良くなり、時々乳がん患者だということを自分でも忘れるくらいです(笑)

でも、けして油断はできません。レントゲンにうつらない目に見えない小さながんが体のどこかに飛び散ってかくれていることがあるからです。浸潤がんってそういうことです(悲)

そのがんをやっつけてしまおうというのが抗がん剤です。抗がん剤をしたからと言って100%再発・転移しなくなるということではないけど、いくらかは再発の危険性が下がります。

抗がん剤をするかしないか、16日の月曜日に決めてきます。

くよくよ悩んでもがんは直らない

そして、パーフェクトを目指さないこと。

なんでも良くやろうとがんばりすぎず、いい塩梅で納得すること。これは妥協ではなくて、自分が楽に生きるための調和です。

パーフェクトを目指すと、まわりの人も迷惑だし、自分も苦しいからです。

そして、気にしすぎず悩まないこと。くよくよしても何一つ良いことはない。がんになってしまった自分を受けいれ、愛すること。これもまた人生!

わがままに生きることにした

子どもの時からわがままはいけない、他人に迷惑をかけてはいけない、我慢しなさい、自分のことはあとまわし。

そう教え込まれて生きてきました。

その結果ががんです(苦笑)

この世に生きている限り、他人に迷惑をかけずに一生を終える人なんていないのだわ。どうせ迷惑をかけるのなら、せめて我慢せず、自分の心地よいことをして生きて行こう。そう決めました。

ストレスはブログに書いて発散することにした(笑)

今の私の最大のストレスは、母です。今日も本当に頭にきた(怒)

そんな時は、ブログに悪口を書いて発散することにしました。

さっそく今日の悪口。

あなたは、自分の娘が、がん患者だということを忘れてはいませんか? 両足が人工股関節だということも忘れているよね? こき使いすぎだよ!!

自分の思い通りに身のまわりを整えたいなんてわがまますぎる。基本、一人暮らしのお年寄りは、自分の体力、気力、財力で解決が出来ること以外はあきらめるんだよ。

自分がどんなに恵まれているか少しは理解したら(怒)

先日、主人が千葉の自宅から実家に来た時、一言ぐらい
「 いつも一人にして申し訳ない。寂しい思いをさせてごめんなさい。」

とかあってもいいじゃないの?

実の娘が、自分の面倒を無償でみてくれるなんて、世界標準ではないんだよ。それをあたりまえだと思っているよね!

本当に良い娘(私)をもってしあわせだよね(皮肉)

もし、抗がん剤をすることになったら、

「 とにかく抗がん剤中は私を一切あてにしないで! 私を殺したくないなら、家が汚くても、作業小屋が乱雑でも、雑草が生えても、今年はがまんして!! 私がばあちゃんより早く死んだら、ばあちゃんも困るだろうけど、まわりのみんなに迷惑がかかるからね!!」

と繰り返し、繰り返し言わなければ。

妹にも協力して何度も言ってもらわなければ。

このままじゃ、乳がんに殺されるのではなくて、自分の母親に殺されてしまうわ(苦笑)

体調が良すぎるのも、考えものですね。

もっと、がん患者らしくおとなしくしてればよかったわ、母親の前では(笑)

そんな、働きすぎの全摘オペからの1か月めの記念日でした。


ITSUKO: 高齢の母のため秋田県大仙市の実家に移住。元ニットデザイナー。NHKのすてきにハンドメイドに出たり、手芸本に作品を提供していました。実家の森川農園の手伝いもしています。森川農園ではアスパラガス・ダリア・野菜・米をなどを栽培しています。2018年乳がん発症闘病中。両足人工股関節。 カザフスタンの歌手 ディマシュ クダイベルゲン dimash のファンです。 農家めし雪国の自然農のブログも書いています。 コロナウイルスをきっかけに世界情勢に目覚めました。日本大好き。美しい日本を守りたい。参政党を応援しています。 くわしいプロフィールはこちらです。 トップはこちら

View Comments (2)

  • ご無沙汰でした
    覚えてらっしゃいますか?
    マークさんのコンサルでご一緒だった大西です
    1人抜けてしまいましたが、、
    ご病気と移住の事、知りませんでした
    でもお元気な様子、良かったです
    私も、お話した事あったかと思いますが、20年前にはガン闘病9ヶ月した事あります
    今ではガンはかなりの人がなった事はありますが、なってはじめて知る大切な事ありますよね
    何でもそうだとは思いますが、経験したからこその知識やら何やら、、
    そして、私も現在一緒に住む母の介護をしています
    認知症になってしまいました
    この事もまた自分を成長させてくれています
    私の母も同じく、娘は親の面倒みて当然の如くこちらの苦労も知らずあっけらかんとしています
    その上認知症ですから、暴言し放題です(笑)
    仕方ないとわかっていても、精神的には辛いです
    人生ほんと何があるかわかりませんが、笑って生きていきましょう(*^_^*)

    • 大西さん

      もちろん覚えていますよ。
      FBでも、コメントくださりありがとうございます。
      ご病気のことも、あの時にお聞きしました。

      日本人も二人に一人はがんになる時代、私も乳がんになってしまいました。
      母を見ているもの同じです。

      大西さんがお元気で活躍しているのを見て、私も勇気が出ます。
      抗がん剤、連休明けにはじまりますが、がんばります。

      どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。