自分で左胸にシコリを発見したのが2年前の今日でした

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自分で左胸にシコリを発見したのが2年前の今日でした

2年前の10月4日の夜、いつものようにネットサーフィンをしていて、ふと左胸に違和感を感じました。

さわってみると、シコリらしきものがある (-_-;)

もしや、まさか・・・・・
もしや、まさか・・・・・
もしや、まさか・・・・・

Larisa-K / Pixabay

 

シコリに気がつく前の3年くらい、父の闘病、葬儀、実家と東京との行き来、実家への移住、と目まぐるしく環境が変わりました。

出版社の都合で、遅れに遅れていた本の仕事がやっと終わり、2017年9月に無事に書店に並び安堵したとたん、これです(涙)

胸のつかえが落ちたとたん、胸にシコリって 💀

この時もダリアの仕事に追われていて、病院へ行く時間がなく、とにかくダリアの出荷が終わったらすぐに病院へ行こうと決心しました。悩んでいる時間はありません。私は母を看取るまで死ねませんもん。

母より先に逝ったら、息子や、妹たちや、おばさんたちに迷惑がかかります。最低でも母より1日は長生きしなくてはいけません、それも、ちゃんと介護ができる状態での長生きでなければ意味がありません。

結局、ダリアの出荷が終わり、外科へ行ったのが10月18日でした。

この時は細胞診までしたのですが、がん細胞は見つからず、ただの嚢胞だということでした。「また、なにかあったら来てください。」ですんだのです。

ところが、どうも嚢胞がだんだん大きくなっていく気がしました。年あけの2018年1月、また外科へ行きました。外科の先生は、もうためらうことなく専門の乳腺外科を紹介してくださいました。それが今みてもらっている平鹿総合病院です。

結局、ここでしっかり調べた結果、乳がんでした。

2018年1月31日、一人で細胞診の結果を聞きに行きました。

部屋へ入ったら、先生が「一人で来たのですか?」 と言ったので「ああ、がんなんだ!」と悟りました。

いろいろ検査をして、3月14日に左乳房全摘、5月から抗がん剤、8月からホルモン療法で現在にいたります。ホルモン剤は5年間は飲み続けなければいけないので、まだ4年あります。

 

今から考えてみると、東京で仕事をしていた10年間、めちゃくちゃな生活をしていました。

忙しすぎて、まともにお料理をしたことはありません。コンビニか外食。少ない睡眠時間。納期に追われ徹夜も時々しました。

クレームもしょっちゅうあります。時には理不尽なお客様も来ます。どんないいがかりをつけられようと、まずはこちらからあやまらなければいけません。

計算に弱いのに、お金の勘定もしなくてはなりません。

仲間だと思っていた人から、とんでもない仕打ちをうけて、裁判沙汰になりそうになったり、ブログではとても書けないようなことがたびたび起きました。

よくも悪くも、普通の主婦をしていたら、絶対にできないような経験をしました。

でも、やはり体力的にも、精神的にも、無理だったんでしょう。それが乳がんという形になって、いまごろ出てきたのだと思いました。

実家へ帰ることになったのも、このまま無理な生活を続けていてはいけない! という神様のご配慮だったのかもしれません。

今のところは再発もなく、時々ホルモン剤の副作用で体調が悪くなることはあるのだけど、なんとか普通に生活できています。

毎日とれたての野菜をたっぷり食べて、早起きして森川農園の仕事を手伝うという日々です。

母や息子には,これでも当てにされているのです。人間、必要とされるところで暮らすのが一番いいことなのです。

もう、無理はしないの!

なるべくイヤなことはしないの!

好きなことをして、行きたいところに行って、やりたい事をするの!

もう、十分にががんばったんだもん。

でも時々、まだまだ悟れない自分がいて 「いや、私はもっと能力があるはず。このまま田舎のオバンで終わるのはいや!」という自意識がわいてきます。チラッと東京で活躍している人を、うらやましいと思ったりします。

欲張りすぎだね。

こうして命があるだけで、儲けもの。

誰かに頼りにされて生きているだけで しあわせ というもんです。

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