よろしく令和 さよなら平成 私の平成を振り返る

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よろしく令和 さよなら平成 私の平成を振り返る

新元号が決まりましたね。

私はこれで、昭和、平成、令和と生きることになりました Σ(・□・;)

計算してみたら、私は昭和を31年生き、平成を31年生きました!


画像はNHK NEWS WEB より

平成を思い出してみる

昭和天皇が亡くなった時は、子どもたちが5歳と3歳だったと思います。

テレビは朝から晩まで天皇崩御のニュースに葬送曲ばかり。いつものアニメなどが流れず、退屈していたのを覚えています。

私にとって昭和は、大人になり、結婚して、子どもを産むまでの時期。いうなれば自分の基礎の部分が作られた時代でした。

平成は子どもを育て一人前にして、社会的な責任をほぼ果たした時代です。

子どもを育てるということは、自分も子どもに育てられるということです。

少しは人間として成長したかな? 相変わらず自分中心でわがままです。ああぁ、たぶん一生悟れないでしょう・・・・・

その間、自分の仕事もすすめやれるだけのことには挑戦してきました。思ったようにはうまくいかなかったけど(苦笑)

平成はインターネットができ、AIができ、社会の変革の時期でもあったと思います。

子どもまでがスマホを持ち、車は自動運転までできるようになり、ドローンが飛ぶようになりました。

私が子どもの昭和30年代は、まだ馬車が荷物を運んでいたというのにね。本当に激変しました。

日本では大きな災害が相次いで起き、福島の原発事故は最大の人災でした。これは新時代に考え直さなくてはいけないことの一つです。原発に変わる安全なエネルギーを開拓していかなくては!

新時代に願うこと

テロや戦争がなくなること。それが一番の願い。

世界中のこどもたちが、安心して毎日暮らせる世界になってほしい。

自分的には、生き方のまとめの時期。母を最後まで見とることが、残された最後の仕事です。

自分は高齢者でもできる仕事をして、できる限りは社会とかかわっていたい。なにかお役に立てることがあれば貢献したい。そう思います。

働ける限りは働きたい。遊んでばかりでは生きがいは生まれません。時々遊ぶから楽しいのであって、いつも遊んでばかりだとつまらないものですよ。なぜそんなことがわかるかって? それは股関節の骨のオペで3カ月入院したことがあるからです。「毎日、ずっと寝ててもいいよ~~~」という生活だったけど、本当につまらなかったです。早く自宅に戻って、家事がしたい、仕事がしたいって思いましたよ。

いつもは、なんでこんなにつならない掃除や洗濯や飯炊きをしなくちゃいけないの? って文句ばかり言っていました。でも、いざできなくなってみると、普通の家事ができ、家族の世話ができるってどんなに幸せなことかわかりました。

病気持ちだから大したことはできないし、なるべくストレスになることはしたくないけど、こんな私でも少しは誰かの役に立ちたいのです。

誰かに必要とされているということは、人間にとって最大の生きがいです。

Free-Photos / Pixabay

幸せな高齢者になって楽しいところを見せてあげたい

子どもは親の背中を見て育つ、と言われてきました。

年とっても、やはり子どもには背中を見せてあげたい。

人生100年時代に初めて突入する世代として、超高齢でも、工夫して楽しく生きられるということを示してあげられる老人になりたいものです。

ちょっとだけ無理して、かっこつけてみます。

私はこう見えて結構気を使っているのですよ(笑) ストレスをためないように、言いたいことは言わないとね。意地悪ばあさんでもいいの。思ったように生きます。

それでも言えない時には、こうしてブログに書くわ 💓

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