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父が他界して7年 世界が激変しました!

7年前も雪が多い年だった。

当時、東京で仕事をしていた私は、前日の25日に当面の仕事をバタバタと終わらせて、26日の朝に新幹線に飛び乗ったのだった。

大曲駅に降りたら吹雪。その足で父が入院している病院へ。

まだ息があったが、もう意識はなく、夕方には旅立ったのでした。

父は肺がんで、告知から8か月、身のまわりの整理、私たちへの伝言、葬式の手配まですべて終わらせて、旅立ったのでした。

 

昨年、7回忌を行った時に、おばさんが持ってきてくれたカサブランカ。

父はカサブランカが大好きだった。

あれから、私の生活は激変した。

2015年には、東京での仕事をすべてたたんで、秋田の実家へ一人帰った。日に日に衰える母を見るために。

主人は仕事があるので、単身で東京にのこり、いまだに一人暮らし。

秋田で教室をはじめたものの、乳がんが発覚してオペすることに。今もホルモン療法中。教室もたたんだ。

今は細々とネットショップを運営している。

他は家事と、息子が運営している森川農園の出荷の手伝い。

もう派手に人様で前で話すこともないし、公職に就くこともないだろう。

何ものにもなれなかったし、お金を稼ぐこともできなかった。そんな自分が情けなくもあるのだけど、今はそれよりもすべてから解放された安堵感の方が大きい。

東京時代、自分の能力と体力を過信しすぎていたと今ではわかる。

才能がないのに頑張りすぎた。

才能がない事を認めることがイヤだった。それがストレスになって病気になったのだ。

そのときににはわからなかったことを、今では冷静に振り返る事ができる。

良いこともたくさんあった。

息子たちは二人とも結婚した。孫たちも生まれた。

元気に育ってくれている。

それだけで私は十分にしあわせ。

父に見せてあげたかったな。

息子や母に必要とされているだけで、人間として生きてる意味があるのだ。人間として一番つらいことは、誰からも必要とされないことなのだから。

ディマシュ クダイゲルゲンというカザフスタンのシンガーを知ってファンになり、たった一人でカザフスタンに行った Σ(・□・;)

こんな度胸が自分にあったことに驚いた。コロナで伸びたプラハのコンサートに、2022年4月にまたひとりで行くつもり💓 

そして、ディマシュのコンサートの件や、その後のいろいろなことから、基本的に私は群れるのが嫌いで、強制されるのが嫌いということがわかった。

それからコロナのパンデミック。

そこから中共の異常さに気が付いた。このままでは日本が侵略されてしまう!

それにつづいてのアメリカの大統領選挙。

世界がディープステートに支配されていることに気がついて、世界がひっくりかえるほど衝撃を受けた。

今は、この世界の闇をなんとか気が付いてほしいとblogを書いている。

まさか私が政治について語るなんて7年前は思っていなかった。

父はあの世から眺めているのだろうか?

これからも、私は仕事上で成功することはないだろう。それはくやしいけれど、それよりも日本を守る事、残すことを伝えていきたい。

子どもや孫たちに、日本という国を残したい。

あとどれくらいこの世界に生きられるかはわからないけれど、すこしでも明るく楽しい世界になるよう、夢を語っていきたい。

私の命が尽きて父がいる世界に旅立った時に、精一杯頑張ってきたよ! 言えるように。

ITSUKO: 高齢の母のため秋田県大仙市の実家に移住。元ニットデザイナー。NHKのすてきにハンドメイドに出たり、手芸本に作品を提供していました。実家の森川農園の手伝いもしています。森川農園ではアスパラガス・ダリア・野菜・米をなどを栽培しています。2018年乳がん発症闘病中。両足人工股関節。 カザフスタンの歌手 ディマシュ クダイベルゲン dimash のファンです。 農家めし雪国の自然農のブログも書いています。 コロナウイルスをきっかけに世界情勢に目覚めました。日本大好き。美しい日本を守りたい。参政党を応援しています。 くわしいプロフィールはこちらです。 トップはこちら

View Comments (2)

  • こんにちは。
    時々、のぞかせていただいています。
    私は2年前に仕事を辞めるまで仕事一筋でした。
    割と結果がはっきり出る仕事だったものですから、自分の能力を過信し、また、一方で、いつも一生懸命な自分を誇らしく思っていた面もありました。

    【何ものにもなれなかったし、お金を稼ぐこともできなかった。そんな自分が情けなくもあるのだけど】

    仕事から離れた後、社会の役にたっていない思いが強くなり、精神状態が不安定になりました。そんなときに、私も同じ思いにとらわれていたなー、と感慨深く読ませていただきました。
    今は新しいことを始めよう準備をしていますが、親の老いや家族の健康など、考えないといけないことが山積し、仕事を中心とする生活を送る年齢ではなくなったことを実感します。
    若いころ、ちょっとした工夫や努力で、人より優れているように感じることができたのは、仕事のことだけを考えていればよかったのだと気づきました。
    でも、人生の一時期、本当に真剣に何かに取り組んだという経験や培われた精神力は決して無駄ではなかったと思いたい。
    人生の冬に突入した今、若いころのようなキラキラした時代は迎えられないかもしれないけど、冬なりにその中に光を見つけながら人生歩みたい、そんな気持ちでいっぱいです。
    拝読し、なにか気持ちを書き留めておきたくなりました。

    • みゆき様

      コメントありがとうございます。

      同じように感じている方がいてうれしいです。
      もう、若い時のような働き方はできないですね。
      でも、次の世代のために少しでもできることをしていこうと今は思っています。

      今後もどうぞよろしくお願いいたします。